三室山

本を読んだり映画を見たり、鉄道唱歌の旅に出たり

ラスコーリニコフに糖分を

罪と罰」の主人公、ロジオン・ロマーヌイチ・ラスコーリニコフくん。彼はお話の初めから終わりまで、実に忙しい精神と肉体との上昇・下降を繰り返す。

特に最初の、事件後の長い長い寝込み期間とその後の徘徊は凄まじい。

彼のこの状態は、素晴らしいお友達、ラズミーヒンくんの繰り返す通り栄養失調や狭い部屋の状態なども大きい理由だろう。しかしその中でも、特に糖分が足りていないのでは? と思う。

メンヘラの幼馴染は自律神経の失調で、それについてくる妹は低血糖だと思う。根本的な治療はともかく、発作的に心が苦しくなった時は、体温をあげて糖分をとって、ひたすら寝ろ! 

ラスコーリニコフくんも、GABAとか食べときゃなんとかなったんじゃないかね。

 

罪と罰〈上〉 (新潮文庫)

罪と罰〈上〉 (新潮文庫)

 

 

 

罪と罰〈下〉 (新潮文庫)

罪と罰〈下〉 (新潮文庫)

 

 

 

ホモ・サピエンス・サピエンス

年末年始、ポケ森の正月イベントやバイトの連勤術と戦いながら 「歌うネアンデルタール」を読んだ。全てが、ほえ〜勉強になるなあ! という感じで、とっても面白かった。有意義。

 

歌うネアンデルタール―音楽と言語から見るヒトの進化

歌うネアンデルタール―音楽と言語から見るヒトの進化

 

 

副題にもあるように、ヒトの進化と音楽/言語の進化・役割の考察がメインテーマになっている。しかしその本題にいくまで、考察を重ねる経過でも面白い仮説を紹介してくれていて、それぞれがとっても面白い。

 

その一つが、現生人類とそれ以外のヒト科の違いは「心の理論」と「思考意識水準」という話で、ちょっと思うところがあった。

簡単に言うと心の理論とは、他者の知識や信念や願望が自分と異なることを理解する能力で、思考意識水準とはこの意識のレベルの違い。

例えば一次の思考意識水準は私はこう考えているということ。二次の思考意識水準はAさんはきっとこう考えていると私が思うこと。三次の思考意識水準はAさんはこう考えているとBさんは思っているに違いないと私が考えていること。

人間は社会生活で日常的に三次から4次の思考意識水準を使っているといわれ、類人猿やホモ・サピエンス以前のヒトは最高でも次の思考意識水準にとどまっていると考えられる。

ということなのだが、ここで思ってしまった。果たして私はホモ・サピエンスに必須の、高次思考意識水準を保てているのか?

私は性格が悪いと言うか、アホというか、他人をいじりすぎてすべったりあとで自己嫌悪に陥ったり、ということを繰り返して生きている。学習能力がないともいう。だから「しんせかい」を読んだ時も、主人公が先生のいないところで、サービスのつもりで調子に乗って先生の文句言っちゃうところだった......。

しかし一人になって、1日を反省すると自己嫌悪に陥るわけで、その時に思うのが、人それぞれが見せる、そして私が見る面は一面に過ぎないという当たり前のことだ。

 そのタイムラグを無くして、はやくホモ・サピエンスになりたいもんだ。努力せい!

芥川賞マラソン②

芥川賞マラソン① - 三室山

 

第154回(2015下)

本谷有希子異類婚姻譚

読みやすかった。ただし猫が心に刺さってしまった。山行くときは意外と近いねって行ってたのに結局アメリカ戻っちゃうし!!

女の感覚を描く系だけど、選評にもあった夫婦あるあるの恐ろしさがだんだんとホラーになって、あのラスト。野ばらちゃんの「破産」とか村田沙耶香「タダイマトビラ」とかもだけど、こういう収集の付け方嫌いじゃない。パチーン!

揚げ物っていうセンスも良い。ただ最後の花は、揚げ物に比べてベタすぎかなと思ったり。部屋での描写はハッとさせられたんだけど、その後の山では山と花っていうのがありきたりすぎ...?と思ってしまった。でも部屋ではあの花じゃないと綺麗じゃないし....ないものねだりか!

 

 

第154回(2015下)

滝口悠生 「死んでいない者」

正直、中盤で寝た。けれど平行描写、完全なる三人称、無駄を省いたいや省きすぎ!?ってくらいの簡潔な説明口調......ジイドの「贋金つくり」を読み始めた時のショックを思い出した。

多分、常人がやったらバラバラになって読めたもんじゃないんだろうな。ギリギリのところで繋ぎ止めている感じ。イメージとしては操り人形を複雑に動かしている、その操作部分を上から俯瞰で見せられているような......。特に終盤は最初から振り返って、うわっ超絶技巧だったんだ! と気づく。

あと山田詠美が選評で、私が言えたことじゃないけど(未成年たち)酒飲みすぎじゃない? って述べてたの面白かった。確かに飲み過ぎです。

 

 

第153回(2015上) 又吉直樹 「火花」

 私も太宰は大好きなので、随所随所というか総合的に「うわっ 太宰が好きな人が書きそうで、太宰が好きな人が好みそうな小説!」と思った。先輩も無頼みがあるし、なんといっても現実を嘆きつつも架空の希望を謳いあげる全体の雰囲気。これこそ太宰の青春小説っぽい。現実の絶望を描ききらない、強みでもあり弱みだね。

色々と小理論を重ねつつ、芸術共同体理論という大きいラストへ着地するのも模範解答というか、安定感があるのでは。

映画も見たよ! 映画はより、芸術共同体理論を前面に出してる気がした。あと菅田将暉が好き。

 

 

第153回(2015上) 羽田圭介 「スクラップ・アンド・ビルド」

「トーキョーの調教」でも思ったけど、 男だな〜という感想。わざとやっているんだろうし、合ってると思っているし好きだし、悪い意味ではないよう。筋トレも、さすが自分がやってるだけあって描写がリアルで、ちゃんと引き込まれるし最後まで意味があるし。

介護問題って話題になってたけど、介護問題は借りただけで、描きたかったのはやっぱり男の落ち込みと再生なんだろうなあ。

 

 

第152回(2014下) 小野正嗣 「九年前の祈り」

 うーむ。

男から見た女であってリアルじゃないとか、ステレオタイプだとか、みみず描写がしつこいとかはまあ仕方ないんじゃない? と思う。

女ってのは男は女より世界を細かく見れていないと信じきっている生き物なので、その目線からいくと、よく観察しましたね、健闘賞(ただし現代の女をとジェンダーごりごり田舎の差異を、俺はわかっているんだぜふふふんっていう感じを勝手にだけど妄想してイラッとくることもある)って感じ。

島での夢だか現実だかわかんない感じとか、あとはおばちゃんや子供の描写はリアルだった!

けびん君とみっちゃん姉の祈りを被せているようでかぶさってないのとかはわざとなのかな、わざとなんだろうなあ。

 

 

異類婚姻譚

異類婚姻譚

 

 

 

死んでいない者

死んでいない者

 

 

 

火花 (文春文庫)

火花 (文春文庫)

 

 

 

スクラップ・アンド・ビルド

スクラップ・アンド・ビルド

 

 

 

 

九年前の祈り

九年前の祈り

 

 

 

背伸びの読書

小学二年生のクリスマス、「ハリーポッターと秘密の部屋」を親にリクエストし買ってもらった。ハリーポッターは当時話題になり始めていて、ちょうどこの第二巻が新刊として本屋の表に特集されていたのだ。

しかし小学二年生の私、意気揚々と朝読書へ持って行ったはいいものの、全然読めなかった。字はちっちゃくて、出てくる設定や名前もややこしい。話もわかんねえ! 小学二年生の私は、呪文や魔法界の設定を同時処理出来なかったのだ。というかまずシリーズ物の第二巻だしね。気づけ!

お恥ずかしながら当時も今も、本が好きとは言っても、難しい本が読めるわけではない。当時は小学二年生らしく、いやちょっと遅いかも? ゾロリとかわかったさんこまったさんとか、魔女っ子まじょ子ちゃんとか、その他とりあえずA5判ならきっと面白い! という謎の信念を持ってA5判児童書を読みまくっていた。なのでハリポタは背伸びも背伸び、大背伸び。(ハリポタはその後四年生になって再チャレンジしてからハマりにはまり、当時最新の不死鳥の騎士団まで数週間で駆け抜けた。以降は新刊予約してたし徹夜で読んでた。好き。)

 どうでも良い背伸び情報を連ねると、小学三年生の時は倉橋燿子「ホーリースクール」だった。(そっからはA5判児童書信仰から青い鳥信仰へシフトした)

中学一年生は、あさのあつこの「夜叉桜」だった。挫折した。(児童文学じゃない、時代小説なんだよこれ...)

中学二年生は嶽本野ばらの「幻想小品集」だった。ちょっと難しかったけど読めた。(中二ドンピシャで野ばらちゃんにハマったんだね泣けてくるぜ!)

中学三年生は三浦しをんの「秘密の花園」「天国旅行」だった。(以降しをん大好きなんだけど、「秘密の花園」「天国旅行」は「光」とかと同系列のパターン陰・暗め難しめ、だよね。神去なあなあ〜とか星間〜とかのパターン陽・ハッピーエンタメも好きだけど、もっと陰っぽいのも書いて欲しいなあ)

高校三年生は坂口安吾「白痴」と内田樹「寝ながら学べる構造主義」だった。初めて国語の先生に質問したし、寝ながら〜は章ごとに自分で紙に要約して図解してやっとわかったようなわかんないような...? (国語の論説文でわかんなかったことなんてないのに!とプライドが傷ついた覚えがある...アイタタ)

大学に入っても、芥川全集をマラソンした時はかなり背伸びしたし、その途中で鴎外の「ヰタセクスアリス」を挟んだ時は、息抜きの真逆になってドイツ語挟むなや!と発狂しかけた。演習で扱った明治期小説たちも全部背伸びだった。谷崎の「秘密」とか、担当したけどよくわかってなかったし今もわかってない。なんだよ〜Arrested at last. 〜〜 ドストエフスキーも高校生で読んどけよって感じだけど、つい去年から頑張ってるし、まだまだ読むにゃ気合いがいる。

 

 しかし今一番の背伸びは論文だ。それも文学の作品論とか作家論じゃなくて(これも私のアホな脳みそには難しいけど、流石にこの3、4年で少しは慣れた)、社会学とか哲学とかそういう方面の......

院試で出す修論計画で泥沼の時期、物語論とか宗教の構造論とかやるとかなんとか背伸びっていうか大事故って感じの息巻きかたをしてそういうのを色々読んだ。が、読めないこと読めないこと。1ページ読むのに遅いし3度くらい読んでやっとわかるかも、わかる気がする、気がしてきた!みたいな......己の脳みそが恨めしい。でも同時に興奮した。

 世の中私が理解できない難しい書物に溢れてるぜ、だから読むものに一生困ることはない。だから中央図書館の地下は好きだし、身震いする。知恵のなんたるかを読むことによって学べ、知識の海に沈みたいよ〜〜〜って。と言いつつゲームしたり酒飲んだり遊びに行ったり、ストイックにお勉強はできないんだけど!

 

 

‪「私の見るところ、人間の脳には、ひとつの根源的欲求がある。それは自分を取り巻く世界がどのように成り立っているのか、またこの世界はどのような力によって動かされているのかという疑問にたいして、できるだけ統一的な説明を与えたいという欲求である。科学も神話もこの欲求に応えるものである」

フランソワ・ジャコブ

東郷雄二『文科系必修研究生活術 』(ちくま学芸文庫)

 

文科系必修研究生活術 (ちくま学芸文庫)

文科系必修研究生活術 (ちくま学芸文庫)

 

 

 

ザ・チョーヤのブラックで

 ハッピーニューイヤー。今年もよろしくお願いします。さすがに年末年始もストロングは嫌だ! と、ザ・チョーヤを買ってきました。奮発。
 酔っぱらいつつ、2017年を振り返ります。
 まずは観た映画を書き連ねます。メモです。

ファンタステック・ビースト
グッドフェローズ
テッド2
ミニオン
SPEC翔
SPEC天
SPEC結(漸)
SPEC結(爻)
ウルフ・オブ・ウォールストリート
悪夢のエレベーター
沈黙
ある侯爵夫人の生涯
花宵道中
BLACK SWAN
イン・ザ・プール
虐殺器官
エスター
紙の月
イミテーションゲーム
オペラ座の怪人
ダヴィンチ・コード
モネ・ゲーム
ネイビーシールズ
バーレスク
プロデューサーズ
ラ・ラ・ランド
パプリカ
東京ゴッドファーザーズ
ファースト・スクワッド
2012
バック・トゥ・ザ・フューチャー
月にとらわれた男
ヘンゼル&グレーテル
東京原発
ゴッドファーザー
ゴッドファーザー
ゴッドファーザー
クレヨンしんちゃん ユメミーワールド
クレヨンしんちゃん ロボとーちゃん
夜は短し歩けよ乙女
帝一の國
美女と野獣
エクス・マキナ
白ゆき姫殺人事件
鳥渡今から仕事やめてくる
パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊
銀魂
怪盗グルーのミニオン大脱走
バック・トゥ・ザ・フューチャー
スタンド・バイ・ミー
アバター
カーズ
ライアーゲーム ザ・ファイナルステージ
貞子VS伽椰子
楽園追放
APPLE SEED
クレヨンしんちゃん サボテン大襲撃
関ケ原
清須会議
陽暉楼
SCOOP!
火花
ゴッホ 最後の手紙
SING
スターウォーズ 帝国の逆襲
アメリカンハッスル
クレヨンしんちゃん 宇宙のプリンセス
オリエント急行殺人事件
LEON
探偵はバーにいる
探偵はバーにいる2
ビールフェスタ
キンキー・ブーツ
超高速参勤交代リターンズ


 以上の74本でごぜえやした。

 手帳から写すの疲れたからもう本は数えない…
 けど、遠藤周作文学全集マラソンと、あとは安吾ドストエフスキー、ジイド、村田紗耶香、氷点と続氷点、長かった屍鬼らへんがチャレンジだった気がする!
 山陰、鎌倉、東北、軽井沢、京都、上海、茨城、大阪とあっちこっち遠出もしたし、日々飲んだり食べたり買ったりもしました。念願の鉄道唱歌東北本線常磐線の旅は感無量。だけど常磐線の完全復旧あとにまたやらねば! あと改宗もしたね。ガハハ。
 たまに精神の不調があるけど、でも明日のことは明日自身が思いわずらうであろう! と早めの回復を目指し、今年もたくさん映画観て本読んで歌って過ごしたいものです。
 まずは鎌倉ディスティニーを観たい!

彼らはその為す所を知らざればなり

早混さん(早稲田大学混声合唱団さん)の定期演奏会を聴きに行った。お友達のおかげで、3回目!

今回はメンデルスゾーンのエリヤだった。演奏はあたり前田のクラッカーに素晴らしかったのだけれど、実は私は旧約聖書民数記で挫折している......ので、パンフレットと横に出してくださる和訳と、なんといっても演奏で、預言者エリヤの人生と周辺のドラマをほへ〜〜と知ることもできたのでした。いや正直、すごい預言者!主がカラスで養った!っていう薄いにもほどがある認識しかなかった。

 

で、内容を超省略して言うと、

王は、自分の奥さんの信じるバールというヤーウェじゃない神の信仰を認めたり、逆にヤーウェの信仰者たちを迫害したりしていた。ヤーウェは唯一神であって、この神以外の神は認められないし認めたら激ヤバいというのがお約束なので、もちろんヤーウェは激おこ。エリヤはヤーウェの預言者なので、その王と王国に罰がくだるぞー!というヤーウェからの預言をお知らせする。ここで王は逆ギレ、エリヤはヤーウェの指示に従って一時期とある未亡人の元へ避難し身を寄せる。

やがて時は過ぎ、ヤーウェの預言者エリヤvs.バールの預言者たち という決戦の時が。それぞれヤーウェとバールに祈って、火をおろした神(預言者)の勝ちという勝負。結果はヤーウェとエリヤが勝ち、バールの預言者たちは殺されます。

と、ここまでが第一部。

 

唯一神の文化や信仰がないと、迫害はよくないけど両方認めてやれよ...と思ってしまいますね。それがダメなのが唯一神信仰なんだけれども、特に旧約の神はこの種の罪をはじめ、罪を犯したものに容赦がない。

旧約の神は厳格な父、それを優しい母性的な神に変えたのが新約(イエス)。というのは遠藤周作の意見ですが、私もそう思います。

バールよ、われらの願いをきき、目をさましたまえ。なぜ寝ておられるのですか?

バールの預言者たちは、応えてくれないバールに、こう問いかけ(歌い)ます。彼らが信じる、ヤーウェ信仰的には誤った神を一所懸命に頼んでいます。

主に寄り頼むものはさいわい。こうやって信仰を日々賛美しているのならば、彼らバールの預言者たちの、誤っているのかもしれないけど健気な信仰は、哀れみをもってみるべきじゃないかなとか思ってしまいます。まさに「父よ、彼らを赦し給へ、その爲す所を知らざればなり(ルカ23-24)」のように、取り次ぎを祈ってくださる優しさが欲しいなとちょっぴり思ったのでした。やばい、異端かな?

 

ちなみに、「バアル・ゼブル(崇高なるバアル)」というバールの尊称を「バアル・ゼブブ(蝿のバアル)」と貶めたのがかの有名なベルゼブブの始まりだとか......

3R’s リハビリ

ここ2週間ほど、映画を見るか遊びに出かけるか布団でゴロゴロとスマホゲームをするか、という生活をしていた。そうしているうちに驚くほど早く時は過ぎ去り、はやクリスマスも過ぎた。嘘だろ! 待降節第2週くらいからの記憶があまりない。

 

流石にまずい、と元の生活へのリハビリをはじめた。人生の基本は読み書きそろばん、教育の世界だと3R’sとか言ったりする。(リユース、リデュース、リサイクル、じゃないよ!Reading、Writing、Arithmetic!)

 

まずペンを持たねばならない。ということで、1週間強サボっていたほぼ日手帳の日記を埋めた。今日から昨日へ、じわじわ追っていくと記憶が復活する。延々とやってしまうスマホゲームは、どうやら文ストのスマホゲームリリースがトリガーだったらしい。

 

次に、計算せねばならない。11月分の給与計算だ! ちゃんと確かめないと、うっかり間違えられていることが多々あるのでみんなもしっかりやろうね。源泉徴収も届いて年末を感じる。

 

そして最後、読まねばならない!

別に映画より読書の方が偉いとか難しいとかなんてさらさら思っていなくて、それぞれ難しいんだけど。ただ映画の鑑賞は読書よりも受動的であることは事実。だから読書モードに復帰するにはリハビリが要る......。

記憶を失う前に読んでいたのは「罪と罰」なんだけれども、いきなり再開しても登場人物の名前を覚えてられなさそうなので、これはまだ寝かせて置いて、とりあえずは新井素子の「わにわに物語」から始めようと思う。登場人物の名前でつまづくことはないだろう。

これはぬい(ぬいぐるみ)たちに囲まれる新井素子、そのぬい「わにわに」が語るエッセイらしいのだが、私も今日は85センチのしろたん抱き枕を洗った。気分が乗るぞ!