三室山

本を読んだり映画を見たり、鉄道唱歌の旅に出たり

わたしを離さないで(原作)

読みました。カズオ・イシグロ
ドラマとは違うところが多々…というのは聞いていたので、すんなり読めました。最初から最後まで主人公キャシーの一人称なので、かなり読みやすいです。

ドラマとの違いで気になったことをつらつらと。

まず、原作はドラマと違って激情的な部分が皆無です。
ドラマで美和にあたるキャラクターが死んでしまうところも、静かです。
原作はそもそも、「クローン人間を使った臓器提供システム」という発想を提示することが重要ということもあるでしょう。
原作はこのシステムが当たり前の世界を、当たり前に描いています。なので、ドラマで感じた「生と死」というような倫理的な問題よりも、女・若者の微妙な心理、行動に焦点があてられています。
たとえばコテージの先輩についていこうと必死のルース、ヘールシャムの思い出をないがしろにしてまでそうするルースに苛立つキャシー…ここの描写は、すごく共感してしまいました。あぁ、こういうことあるよね…って。

ドラマと比べて静かだった、ということは、ドラマでは激しかったということです。ドラマでは最初から最後まで登場人物の感情があらわにされていましたよね。泣いちゃいました。たとえば恭子から美和への怒りとか、美和の恭子への執着とか、恵美子先生の告白とか。
でも原作ではどれもありません。ただ静かに、彼らは淡々と現実を受け入れています。もちろん「猶予」の話もありキャシーとトミーはドラマと同じく頑張って、そして落胆するのですが…それでもやっぱり静かです。

ドラマ版「わたしを離さないで」からは視聴者に「このシステムは悪いのではないか」と強く投げかけていました。原作にはいない真実の存在もそうですし、恵美子先生の真実もそうです。ネタバレになりますが、恵美子先生の出自というか正体というか…は原作には無い設定です。
こういう原作には無い要素を足すことで、視聴者の激情も誘い、泣かせ、考えさせる。
小説では静かに投げかけていたものを強調して、わかりやすくしている。

原作のあるものをドラマや映画へメディアミックスすると賛否両論巻き起こりますが、「わたしを離さないで」はどっちも好きだなぁ、と思いました。