三室山

本を読んだり映画を見たり、鉄道唱歌の旅に出たり

「家畜人ヤプー」後半の違和感

友達に薦められて、そしてそのウィキペディアを見て頭を抱えた。
そして何かに駆られるようにして、大学図書館に行って豪華版を借りてきた。限定2000冊のうちの一つ…高い学費を払っていてよかった。
そして取りつかれたように読み進め、寝込んだ。寝ても寝ても衝撃的な設定の数々が脳内でフラッシュバックするのだ。
次の日に日本語学の授業がある…と思って眠りにつくと、夢で私は「家畜語(ヤプーン)学」を受けている。勘弁してほしい。

家畜人ヤプー」は語るところが多い。なのでとりあえずどうしても言いたいことだけを書く。
タイトルにも掲げた、後半の違和感だ。
家畜人ヤプーは作者が覆面で、さらに複数人で書いていただとか、あとで私が本当の作者だと名乗り出る人がでたりだとか、内容がよくわからない上に作者もよくわからない。
しかし、後半からは文体が違っている、とか、版によって加筆修正されているその加筆修正を行ったのは最初の作者ではないだとか、ここらへんはほぼ真実だと受け止められている。ま、読めば分かるしね。
でも肝心のどこからがその当該後半か…というのは読んだ人によってまちまちだ。でも複数人で書いていたなら納得する。

さてさて、
じゃあなんで違和感を覚えたかというと、それは急に現代社会の、つまりまともな世界のルールを反映しだしたからだ。
家畜人ヤプー」はその冒頭から、私たちのまともな世界をぶち壊す、まともじゃないイースのルールを見せつけてきた。
私たち、読者はそれに圧倒され、思考する暇も与えられず、麟一郎・クララと同じように異質な世界に洗脳されていった。
しかし、畜人馬アマディオくんのあたりから、妙にこっちのまともな世界っぽいルールが見え始めるのだ。
極めつけは畜人洗礼式のあたり。畜人洗礼式、はいいとして、頭の輪っかだとか、そういう小さなところまでこっちの世界に干渉してきたところで萎えてしまった。洗礼とか、聖人の輪っかとか、そういうのはこちらのルールだ。とても理解しやすい。それを裏返しに…というか、ちょっと下品にしただけ。だから簡単に納得できてしまう。それじゃあ駄目じゃないか。最初のまともな世界をぶち壊してく、あふれんばかりの以上性癖っぷりはどうした。ちょっとつまらなくなっちゃうぞ!

簡単に言うと、醒めたのだ。こちらの世界のルールをパクられて(違うけど、感覚としてはそうなのだ)。
スペースマウンテンで目を凝らして、暗闇の中にレールを見たときと同じ気持ち。

家畜人ヤプー」は深く考えようと思えば考えられるけど、まず第一に「なんだこのわけわからんのは!!!!」という驚きが評価されているのじゃないかしらん。というか私たちがそれを求めているのではないかしらん。
「誰の為に書かれたか」というのもとても重要だと思うので、それは次回にする。

家畜人ヤプー〈第1巻〉 (幻冬舎アウトロー文庫)

家畜人ヤプー〈第1巻〉 (幻冬舎アウトロー文庫)