三室山

本を読んだり映画を見たり、鉄道唱歌の旅に出たり

彼らはその為す所を知らざればなり

早混さん(早稲田大学混声合唱団さん)の定期演奏会を聴きに行った。お友達のおかげで、3回目!

今回はメンデルスゾーンのエリヤだった。演奏はあたり前田のクラッカーに素晴らしかったのだけれど、実は私は旧約聖書民数記で挫折している......ので、パンフレットと横に出してくださる和訳と、なんといっても演奏で、預言者エリヤの人生と周辺のドラマをほへ〜〜と知ることもできたのでした。いや正直、すごい預言者!主がカラスで養った!っていう薄いにもほどがある認識しかなかった。

 

で、内容を超省略して言うと、

王は、自分の奥さんの信じるバールというヤーウェじゃない神の信仰を認めたり、逆にヤーウェの信仰者たちを迫害したりしていた。ヤーウェは唯一神であって、この神以外の神は認められないし認めたら激ヤバいというのがお約束なので、もちろんヤーウェは激おこ。エリヤはヤーウェの預言者なので、その王と王国に罰がくだるぞー!というヤーウェからの預言をお知らせする。ここで王は逆ギレ、エリヤはヤーウェの指示に従って一時期とある未亡人の元へ避難し身を寄せる。

やがて時は過ぎ、ヤーウェの預言者エリヤvs.バールの預言者たち という決戦の時が。それぞれヤーウェとバールに祈って、火をおろした神(預言者)の勝ちという勝負。結果はヤーウェとエリヤが勝ち、バールの預言者たちは殺されます。

と、ここまでが第一部。

 

唯一神の文化や信仰がないと、迫害はよくないけど両方認めてやれよ...と思ってしまいますね。それがダメなのが唯一神信仰なんだけれども、特に旧約の神はこの種の罪をはじめ、罪を犯したものに容赦がない。

旧約の神は厳格な父、それを優しい母性的な神に変えたのが新約(イエス)。というのは遠藤周作の意見ですが、私もそう思います。

バールよ、われらの願いをきき、目をさましたまえ。なぜ寝ておられるのですか?

バールの預言者たちは、応えてくれないバールに、こう問いかけ(歌い)ます。彼らが信じる、ヤーウェ信仰的には誤った神を一所懸命に頼んでいます。

主に寄り頼むものはさいわい。こうやって信仰を日々賛美しているのならば、彼らバールの預言者たちの、誤っているのかもしれないけど健気な信仰は、哀れみをもってみるべきじゃないかなとか思ってしまいます。まさに「父よ、彼らを赦し給へ、その爲す所を知らざればなり(ルカ23-24)」のように、取り次ぎを祈ってくださる優しさが欲しいなとちょっぴり思ったのでした。やばい、異端かな?

 

ちなみに、「バアル・ゼブル(崇高なるバアル)」というバールの尊称を「バアル・ゼブブ(蝿のバアル)」と貶めたのがかの有名なベルゼブブの始まりだとか......