三室山

本を読んだり映画を見たり、鉄道唱歌の旅に出たり

すみれの花

「芸術とは何ですか。」

「すみれの花です。」

(太宰治「かすかな声」

 

絵が上手くなりたい、文章が上手くなりたい。

下手じゃなくなるのは簡単だけど、上手くなるのは難しい。最初からサラッとできていそうな才能の持ち主とか文才とか言うけれども。そもそも上手い、とは一体何なのだろう。

美術芸術に正解はない、違うということは全て良い、全て至上。というのはよく言われる。けれど同時に際限が無くなって、アナーキズムに陥るよ! とも忠告される。だからゆるやかな規範の中で、ちょっとズラしたものがもてはやされている。ように思われる。

この緩やかな規範の中でのお遊戯は文壇主義とか言われるものなのかなあ。と思ったりもするけど、原理は至極単純で明快、当然の傾向だと思う。

自分で作って自分で眺める分にはそりゃ、全て至上の俺様至上法で良い。しかし誰かに見てもらいたいなら、慰め合いたいなら、ある程度の規範の中に治らないとまず見てもらえない。理解してもらえない。まずは見てもらわないと始まらない。宇宙語で小説を書いても、読んでもらえる確率は低い。ということだ。社会不適合者と呼ばれる芸術家だって、今の社会に名が残っているということはやっぱり社会の一員で、宇宙なんかじゃなく社会に向けて作品を発信していたのだ。

そう考えると、上手いというのはより多くの人に多くのものを考えさせる、そんな技術なのかなあとぼんやり思う。マスターキーを超えて瞬時解錠のピッキング技術。ネガティブハートにロックオン、オープンハート!(©︎しゅごキャラ!)

そんな技術を上手いって言うんだろうな。